2016年10月9日日曜日

Aセクシャル・ウィーク(AAW)!

2016年10月23〜29日(日〜土)は、Aセクシャル・アウェアネス・ウィークだそうです。

キャンペーンの主体はこちら
Asexual Awareness Week
http://www.asexualawarenessweek.com/

アウェアネスとは意識、認知のこと。
国際的なキャンペーンで、誰でも参加できるものです。やってみよう✊🏻

内容はこちらのツイートの画像にまとまってます。(2014年のツイートだけど)

<訳:Aセクシャル・ウィークであなたができること>
・Aセクシャルについて話す
・誰かにカムアウトする
・教育講演会を開く
・AAWのポスターを貼る
・Aセクシャルの資料を印刷して配る
・Aセクシャルのブログ記事を書く
AVENのサイトを読む
・地域のLGBTコミュニティに話を持ちかける

話したりSNSやブログに書いたりするのが一番簡単そう。
Twitterならハッシュタグつけたりするのかな?

会話はなかなかタイミングが難しそうですね。チャレンジャーの方はチャンスを見てぶっこみましょう!笑
いま旬(?)の「絶食系」を皮切りに話してみるとか。「絶食系」でも他人に性的に惹かれる人はAセクシャルではないですが。

上記の運営団体サイトもたくさんAセクシャル関連のYouTubeが見れたりして面白いです。
私も英語分からなくても雰囲気で見てます。


また、上には書いてませんが
個人的に「Ace Ring (エース・リング)」に少し興味があって。

エース・リングというのは「私はAセクシャルです」ということを示す指輪で、通常は右手中指に、黒色の指輪をするそうです。
AVENでできたAセクシャルシンボルとのこと。
まだ全然認知度は低いですが、指輪してみたい人はこの機会にあえて選んでみてはどうでしょうか。

「Ace ring」の画像検索結果



私もカムアウトまではしませんが、
さりげな〜く
何かやってみようと思います。🙏🏻

2016年10月6日木曜日

リスペクト、ときどきセクシュアリティ

いわゆる「リスペクト」について。
(今回はセクシュアリティ以前の話が中心なので、肩透かしに注意。)

セクシュアリティ如何の話の前に、
人と人の関係であるべきことのひとつに「リスペクト」というのがある。

リスペクトとは敬意を払うこと。
もっとゆるやかに解釈すると、人を「個として扱う」ことだと思う。

じゃあなぜ他人をリスペクト「すべき」で、「したほうがよい」のか?
もちろんどう行為しようと本人の自由だから、道徳的な領域の話になる。
そして道徳を説明するのは難しい。

たとえば個人的には、
「他者/他人」もまた自己を構成する一部だから、他人を人と思わない態度であればあるほど他人と自己の境界はあいまいになるし(自分だけ人であるのは難しい)、反対に他人を「個」として扱えば扱うほど、自己の「個」も確立されていくからだと考えたりしている。

また、人を「個」として扱うということは、そのぶん他人の未知の領域を「未知のまま認める」ことなのかなと思っている。未知は自分にとって不安も大きいし、支配者にはなれないということだけど、それは同時に余裕につながって、人として安定するために必要なことでもあるのだと思う(長い)。

……そんなこちゃこちゃは置いといて
単純に、リスペクトが保たれた関係とそうでない関係を比べてみればいい。態度が関係にもたらす影響はとても大きいのだ。


私たちは、セクシュアリティにしろ国籍や障害にしろ、人の一側面だけでその人を簡単に「観察対象」にしてしまうことがある。私も経験がある。

そんなとき、知らず知らずのうちに「リスペクト」は失われ、相手にもそれが伝わっていく。そうなると、その人との間にいい関係は築けなくなってしまう。

ときには「リスペクトの仕方」を間違えることもある。リスペクトの様式も文化だから、それが大きく違う相手に対しては、リスペクトしてるつもりなのにやり方が違うせいで伝わらないということになってしまう。
そんなときは文化の違いを新しく学ばなくてはいけない。

……話の裾が大きくなってしまったので「Aセクシャル」で考えてみよう。

前提として、Aセクシャルであってもそうでなくても、当然人には「個」がある。
Aの人は性愛者のことを奇妙に感じるかもしれない。でもだからと言って、性愛者だからというのをその人全体にまでレッテル貼りしてしまえば、その人はもはや「個」ではなくなる。

しかもそういうのは、あからさまにからかったり見下したりしていなくても、少なくとも相手には伝わっている。相手が自分を見るとき、常に「あなたはこうだから」という基準を敷いているのが、なんとなく分かってくるからだ。

たしかに「違い」がピックアップされるべき場面というのも多々ある。
ただ、そうでない場面と混同してしまうのはよくないということ。

……めちゃくちゃ当たり前のこと言ってる気がする。


怖いのは、こういう当たり前みたいなこともどんどん抜けていってしまうこと(自分だけかな)。理由づけが古くなっているのもあると思うから、たまに引っ張り出して確認をしてやるべきなのだろう。

にしても長すぎた😂 読んでくれた人がいたらありがとう……

2016年9月30日金曜日

補足:Autochorissexual について

今回はこの記事の補足です。

雑な表現に終わっていたことと、TumblrのAutochorissexualityのブログ(http://autochorissexuality.tumblr.com/)等を見ていてどこが重要な点か何となくわかったので、一度触れたからにはなるべく正しくなるように、補足いたします。


改めてオートコリスの定義から:
"A disconnection between their identity and a sexual target/object."
本人と性的な対象との間に断絶があること。

ここは前回書いたとおりですが、現実的にどういうことなのかがかなり曖昧でした。
ポイントは、対象が何であれ(空想でも他のメディアのポルノでも)、とにかく「主観的でないこと」みたいです。

前回「パラレルワールド」という紛らわしい表現を使ってしまいましたが、正確には、その「パラレルワールド上でも決して本人は主観的に性的な体験をしない」ということ。

なかなか説明が難しいのですが、非現実的な対象について「主観的でない形で性的に感じる」という感じでしょうか。
……やっぱり難しいけど、「主観的」というのは「自分の体・自分の気持ちで体験する」ことなので、自分と直接関わらない形でーー単に見ていたり、他者の視点を通すことでーー性的興奮を経験(もしくは性衝動を解消)するということだと思われます。


また、以下の内容も補足。
・この形態はAセクシャルの文脈で書かれているが、Aセクシャルの一形態とされる一方、他のセクシャリティとも共存しうる見方ができること。
・あくまで「性的な」対象についてであり、パラフィリア(性的倒錯、性的嗜好)のひとつであること。
・auto- は「自己の」、chorisはギリシャ由来で「絶たれた」の意味をもち、「Aegosexual」という別名もあるとのこと



前回よりは近付いていることを祈ります……

冒頭のTumblrは、たくさんの質問に答えていて分かりやすかったです。疑問はいくつか残るものの、なんとなく他の人の認識が分かりました。

2016年9月29日木曜日

みんなはどこにいて、何が好き?

Aセクシャルでない人の中には、「Aセクシャルは本当に実在するのか?」という疑問をもつ人がいるのだという。

というか、当のAセクシャルでさえ「自分以外に本当にいるのか?」と思っているかもしれない。無理もないと思う。


ところで少し前に、「Aセクシャルとしてこういう場がほしい」という類の空想をしたことがあった。
今日はそれを、もう一度考えてみようと思う。

そのとき考えていたのは単純に「趣味でつながれるSNS」みたいなもので、それ自体は他のSNSと同じなんだけど、
「趣味の共有、高め合い」と「Aセクシャルな関係」を根底におくというもの。

「Aセクシャルな関係」というのはもちろん性愛がない関係のことで、厳密にはそれぞれのプロフィールが示す細かいラインによる。(トラブルが起きそう。)

そして、Aセクシャルの人だけじゃなくて誰でも参加できる場所がいいと思っていた。
大変そうだけど。

たしかに今でも「出会い目的は禁止です!」というコミュニティはたくさんある。
でも「最初からその目的でなければ、後は自由よね」みたいな感じも否めなくて、仲良くなりにくそうな感じがしていた。
あんまりいないと思うけど「じゃあ仲良くするな!」みたいなのは困るからだ。
だから、最初から前提として宣言できる場所が欲しいという発想をしたんだと思う。


それからもうひとつのポイントは、性愛という「ないもの」からよりも、趣味や好きなものという「自分の世界」から人と関係していけること。
たぶんみんなそこで生きているはずで、それを知りたいし、関係が始まるとするなら自然な始まり方のひとつだと思うからだ。


と、少し夢見がちな空想を書いてみた。
Aの人だけじゃなく性愛をする人にとっても、性差を気にしないAセクシャルな関係をもてる場は悪くないんじゃないか……ともこっそり思っている。
恋は理屈じゃないというからだめなのかな?


……ふと思ったけど
Aセクシャルの人数が少なすぎて全員違う趣味だったらどうしよう……。笑

2016年9月25日日曜日

男女の友情(真顔)

前回の記事で「プライドってなんだ?」という終わり方をしたと思いますが、それはともかく、この話題を忘れていました。

「男女の友情はあるかないか」論。
より正確には「異性愛者同士の友情はあるかないか」でしょうか。
もっと広げれば、「性愛を挟んだ友情はあるかないか」かな。

よく聞くパターンは
一方が他方へ恋愛感情(とりわけ性愛)を抱くようになり、進展を望んで行動し、うまくいけば無事結ばれるがもはや友情ではなく、悪ければ関係が壊れ、やはり友情は終わる。
というもの。

わかったぞ!

互いに特別な感情を抱かなければ、友情は成立する!

……というのはあたりまえの冗談だけど

感情を抱いても、無視できる程度なら可能だ。(「無視できる程度」もAセクシャル関係の文で覚えた言い回し)

なんでも、「誰であっても性的対象に見られることは光栄な事」と考える人と、そうは思わない人がいて、関係を壊したくなかったらその辺に慎重さがいるらしい。


片方がAセクシャルであればどうだろう。

片思いする側がロマンティックAセクシャルの場合、望みが相手にうまく伝わったとしても、気味悪がられて次の日から連絡がつかなくなるかもしれない。
あるいは「性愛じゃないんだ」と割り切って、友達のままでいてくれるかもしれない。

想われる側がAセクシャルの場合ーーこれは性愛者の「結ばれることはない」パターンとほぼ同じだ。
「無理強いをしない」ことを前提に、嫌に思わないで友達でいるか、距離を置くか、0にするかだ。



じゃあ、両方がAセクシャルだったら?


ロマンティックAセクシャルの場合、もしかすると、思ったより事は深刻かもしれない。
これを見てほしい。

「実は君に恋愛感情があるんだ」「ごめん」
……
つらい。断る方もつらい。
性愛者の言っていたつらさはこれだったのだろうか。
何より、Aセクシャルならではの「性愛を理由に断る」が使えないのだ。
告白イベントがあるのは日本式だとは聞くが、事の重大さに今気づいた。

いや、つらいとかそういう話ではなかった。
友情……その後も友情はやはり場合によっては、続ける事ができるだろう(性愛がない分シンプルかもしれないし、その逆かもしれない)。


最後に、Aロマンティック同士の話をして解決しよう。

どんな性別どうしでも、友情は続けられる!!


男女の友情はあります。これもある種のプライド(誇り)かもしれません。
ひとつ見つかってよかった。


こちらからは以上です。

2016年9月24日土曜日

Lithromantic を考えよう

Autochorissexualについてこの間触れたので、今回はLithromantic/Lithsexual について考えてみたい。

Lithromantic は「恋愛指向はあるが、相手の気持ちが自身へ返ってくることを望まない」という状態、指向のこと(wikia)。

「理論上では」恋愛関係になることを楽しむ、とも書いてある。
Lithsexual はこれの性的指向バージョンになる。
いずれも関係までたどり着いてしまうと思いが消えてしまう。

これも、何割かわかる部分があるような気がしている。
まったく分からない人からすれば、下手したら「時間の無駄」と怒りだすような態度かもしれない。
もちろん節度があれば、個人の指向として全然問題ないはずだ。


リズロマンティックと関係あるかは分からないけど
「こちらが親しげにすると相手も親しげになってきて、それがなぜかがっかりする」という経験をしたことがある。
その時は、自分の感覚がねじ曲がってるんだろうと思っていた(今も若干思っている)。

それか、相手のそんな姿を見たことがなかったので怖くなって、「普通に戻ってほしい……」と思ったのかもしれない。
でも相手は踏み込んだ関係になろうとは望んでなかったかもしれないし、ほぼこちらの誤解だったかもしれない。
暗黙の了解はたしかに便利だしうまくいけばロマンチックだけど、すこしずれると本当にやりにくい。

……話を戻して、
仮にこういう感覚がリズロマンティックであってもなくても、
結局のところそれがもしその人の「その人らしさ」になるなら、それでよいはずである。

平凡なことを言うようになってしまった。
でも実際、自分のセクシュアリティを「誇りに思う」「プライドを持つ」という感覚って、普段あんまりないんじゃないかと思っている。というか「それってどういうこと?」とさえ思っている。

次書くとき覚えていたら、この辺の話を書きます。

2016年9月23日金曜日

いろんな魅力、いろんな感情

AVENwikiの「魅力(Attraction)」のページ

ここを見ると、言われるまで気づかなかったような「魅力」が分類され、感心するくらい細かく説明されている。
(前の記事で言ったように「魅力」は自分側の「惹かれる力」と考えます)

「魅力」の大別はこうだ:

⚫︎性的に惹かれる
⚫︎恋愛関係を持ちたいと惹かれる
⚫︎身体接触を持ちたいと惹かれる
⚫︎美的感覚として惹かれる

3番目の身体の接触と書いた魅力は Sensual attraction で、「触れ合う」「ハグする」といった感覚刺激を相手に望むこと(性的な接触とは別)。

美的感覚への魅力はAesthetic attraction で、シンプルに「容姿」に惹かれることだという。

2番目の恋愛的な魅力というのはいちばんぼんやりしている。人によって何を中心に惹かれるかは違うようだ。3番目の美的魅力はこれの一種ともされるそう。
何を持って「恋愛関係」となるかはやっぱり人によるし、どこまでが恋愛関係でどこからが性的な関係なのか明確なラインは引けないとも書かれている。

少なくとも、いずれも「長期的な関係、感情的なつながりを持ちたい」という感情であるということだ。
ここがパスできないと遊園地のロマンティックアトラクションには乗れない。
ただ少しいいなと思うだけでは、身長制限で切られてしまう。


ちなみに「べた惚れ、ひとめぼれ(Crushes)」には"Aロマンティックバージョン"があって、「Squishes」と言うそうだ。
友達になりたい!という、性的でも恋愛的でもない強い感情のこと。
これは比較的分かりやすいかな?



……どうだろう、少しは整理できただろうか。


……

……混乱してきたかも。